2006/8/29 火曜日

「幸福の木」 にごめんなさい!

テーマ: プライベート — 小谷 @ 1:05:29

我が家のリビングには大きな大きな 「幸福の木?」 という観葉植物が12~3年前から置かれています。
その他にも沢山観葉植物が置いてあるのですがその木だけがグングン伸びてゆきます。
我が家が新築した時に、その頃お世話になっていた方からお祝いとして頂いたもので、その頃1m程の背丈であったその木は今や3メートル程に成長しています。 (家のリビングは2m70cm位の高さがあり可愛そうに天井にあたってお辞儀をしている状態です) どう株分けをしてよいのか誰に聞いても分らずそのままになっています。 圧巻です!

その木は6~7年前にもあまり伸びすぎて、夜中に 「ミシ・ミシ・ミシ・・・・・バッサーッ!!」 という大きな音をたてて木が重み?で折れて倒れた音にビックリして皆が飛び起きた事がありました。 本当にビックリでした! 何が起こったの?・・という感じでした。
その頃は父が生きており、植木の手入れをよく知っていたので株分けしてくれ、その子供?は今も元気に育っています・・・・・がその親のほうが又そろそろ又怒り出しそうです! とても苦しそうにお辞儀をしています。  「ちゃんと世話してくれよ!」 と言われているようで本当にもうそろそろ怒ると思います。  本当に思い腰を上げて植木屋さんに株分けの仕方を聞きに行かないと・・・・・と思う今日この頃です。

「幸福の木」 なのに幸福じゃあないですよね! ごめんなさい!    

2006/8/26 土曜日

あっという間に17年!  独り言(最終編)

テーマ: プライベート — 小谷 @ 19:03:06

前回より続く (8月20日よりスタート) 

卵が先かニワトリが先か、何にしろ目の前の出来る事からやっていかないと私にはやっぱり時間がありません。
資格を取った後、今度は又それに見合う実力も付けていかねばなりません。
この後はただひたすら現場の場数を踏む事に専念出来ました。 
机上の勉強はあくまで机上の勉強、現場を数多くこなして如何に実践に通用する力を身に付けていけるかが勝負です。
いつ一人でやるようになっても困らないような、そんな仕事の仕方をするようにいつも心掛けていたように思います。
大切なお客様の財産を使わせて貰って勉強する訳ですから、生半可な気持ちでは出来ません。額も半端ではありませんから真剣です!

自分の周りで、クレームから裁判沙汰になって何千万の工事費を払って貰えない、とか とんでもない間違いを起こして一旦造ったものを解体して建て直さなければならない、とか、そんな事を何度も横目で見てきていると背筋が凍りつく思いで、とても他人ごとだと思えず身が引き締まる思いでした。  こんな怖さを知っているので私自身も性格が変わったように思います。

私は元々O型 (血液型をいうのはおかしいかもしれませんが) そのものの性格で、良く言えば大らか、悪く言えば大ざっぱでどんぶり勘定!  でもこの仕事を始めるようになってから、お施主様から 「小谷さんって血液型、A型? すごく几帳面ですね」 とよく言って貰います。 きっと怖さを知ってから絶対変なミスを犯したくないと、とても神経質になるのだと思います。仕事以外の私をよく知っている人は 「うっそー」 と一笑しますます。 最近どちらの自分が本当なのか分らなくなってきました・・・・?

今思うと失礼な話ですが、沢山の物件をこなすうちに名前や顔も忘れてしまって思い出せない人も多々あります。 その反面、ヒヤッとしたミスは忘れません。 大きな失敗に繋がらないように経験として身体が覚えているんでしょうね。
そんなこんなでこの仕事を始めてからあっという間に17年経ちました。 山あり谷ありでしたが本当にあっという間でした。
まだ私は建築業界から見て「ひよっ子」で、まだまだ一杯覚えないといけない事も山積みですが、ささやかながら一人で事務所をしている今、一つ一つの物件を大事にし、お施主さんの喜ぶ顔が見れて、又自分自身も楽しめて、そんな仕事が出来たらいいな、と常々思っています。  そして昔立てた目標に55歳になったら、後輩達を育成出来るような実力を身に付けていられたら・・・・・とも思っていましたが・・・・まだまだ力不足なので、目標を60歳に延長です。

私がこの仕事を続けてくる為に助けて来て貰った両親や沢山の先輩達、又友人達に感謝!

完 (どこでキリを付けていいやらと思いながら長々と・・・やっと完です) 
   
 

2006/8/25 金曜日

努力って報われる事もあるんですね!  独り言(パート6)

テーマ: プライベート — 小谷 @ 23:14:28

前回より続く(8月20日よりスタート)

試験の不合格から三ヶ月、前年も学校に週に一度通っていたのですが、又今年の試験に向けて授業がはじまります。
疲れは取れていませんが始めないわけにはいきません。 又勉強再開です!
前回はむやみやたらに勉強してしまいましたが、今回は一級の資格を持っている男の子が以前くれたアドバイスを思い出し、それを実行してみる事にしました。

学校のカリキュラムに合わせるのではなく、自分自身の工程表を作るのです。
試験日から逆算して、最後の一月は総おさらいをする期間に残しておき、今からそこまでの日数で自分がこなさないといけないカリキュラムをその日その日に振り分けて自分で一日にこなすスケジュールをたててしまいます。
通常、試験問題は過去5年程の間に出された問題を繰り返し繰り返し解いて勉強して行きますからそれぞれの問題を数多く解くほど意味を理解出来、頭の中に定着して行きます。 
思い切って普通5回つ”つ位のところを10回解いてみるという計画で工定表を立ててみました。 そうすると一日一日が非常にきついスケジュールになってしまいましたが一日でもサボると、ドドッと崩れてしまいそうだったので、ただひたすら執り浸かれたように勉強していたように思います。

その頃いつまでも親に甘えて金銭的にものん気にしていた私に、父が「一度外に出て一人で生活してみろ」 と言われ、2年ほど前から一人暮らしをしていました。 その頃の私は経済観念が無く父の言う事ももっとも!と素直に一人暮らしする事に決めました。
一人暮らしした頃から試験勉強を始めたので食べるものもあまり食べていなかったのか、たまに実家にかえる度にやつれていったようで、2年経った頃に母から 「お父さんが帰るか? と言っている」 と電話がありました。
普通、根性のある娘だったら 「もう少し頑張る!」 と言うんでしょうが、私は 「あ、帰る、帰る!」 とまたもや素直に帰って行きました。 その頃私は40才です! こんな事でこの先一人で生きて行けるのかと父もさぞや心配になったに違いありません。 私の一世一代の武者修行はわずか2年で幕を閉じました。

しかしその後の数ヶ月、食事や掃除、洗濯の心配もなく親のサポートのおかげで勉強に専念する事が出来、学校の最終4回の模擬試験でどれも1番になり、とうとう最後の全国公開模試で15、600人の中からトップの成績で卒業する事が出来ました。 
行っていた学校の学長さんが 「日建学院から全国トップを出して貰って有難う」と皆の前で握手をしに来てくれました。 握手だけ・・・・? あの・・握手だけ・・・・?   でも握手だけでも嬉しいものです。  そしてやっと合格です!

頭が良いわけでも無かった私がそこまで出来た事に自分自身ほめてあげたい気持ちでした。 「○○?の信念、岩をも通す」・・・ですか? 努力って報われる事もあるんですね! 人生一の私の自慢話です。 後にも先にもこれだけ。

次回に続く 

2006/8/23 水曜日

「小谷さん、もう女、終わってるね!」・・・・と言われ   独り言(パート5)

テーマ: プライベート — 小谷 @ 0:29:51

前回より続く (8月20日よりスタート) 

やるからにはどんどんレベルアップして行きたいものです。
私の場合は建築の学校を卒業したわけではないので、まず二級建築士の資格を取った後、実務経験を4年間経てからでないと一級建築士の資格は取れません。
二級を取ってから4年経ちいよいよその資格が出来たわけです。  皆から「一級はなかなか1回では合格出来ないよ」と言われていたので、余計に1回で取りたくたくなります。  私って負けず嫌い?!

仕事に支障をきたす訳にはいかないので、いつも通りに仕事をして夜の10時から11時頃に帰社し、家に帰ってお風呂に入りご飯を食べて さあ、勉強を始めるのはいつも12時頃から。
それから3時か4時頃まで勉強し、又朝7時頃に起きて出社するという、1日3~4時間の睡眠を10ヶ月程続ける毎日で、さすがにハードでした。  でも 「1回でパスする、1回でパスする!」 と頭の中で呪文を唱えるようでした。

「小谷さん、もう女、終わってるね!」 とある若い男の子に言われ、鏡を見たら髪はボサボサ、目の下にはくっきりクマが出来、意識はモウロウ 目はウツロ 「そりゃあ、言われるわなあ・・・・・」 という感じでした。

そして結果はみごと?  不 ・ 合 ・ 格 !
何かパンパンにはった風船が急にしぼんでいくような、そんな気分です。 やはり二級と違って、そう甘いものではありませんでした。  それから3ヶ月間は勉強しようという気分になれず、疲れを取るのが精一杯!  戦意喪失です!

続きは明日に

2006/8/22 火曜日

人と同じ事をやっていてはモノになりません!  (独り言パート4)

テーマ: プライベート — 小谷 @ 22:46:54

前回より続く(8月20よりスタート)

さあ やっと入社出来、一からスタートです!  
最初ははキッチン図面を書く事とインテリアコーディネートをする事からでした。

でもその時、愕然としたのが私の設計の上司は、私と同じ33歳の男性で、建築系の高校を卒業後すぐに設計の仕事について、もう17年のキャリアでした・・・・という事は当然スタートに17年の開きがあるという事です。  
その人はその時すでに、有名な建築家の依頼でバリバリ設計している人で、片や その頃の私は 「ドラフター(製図版の事)って何ですか?」などと聞いている状態でした。  きっと 「こいつ、今から何をしに来たの?」 と思ったでしょうね。
さあ その時 「人の倍のスピードで勉強するつもりでないと、とてもモノにならないなあ!」とつくつ”く思ったものです。
人が2年かかる事は1年で、人が4年かかる事なら2年で覚えていかないと、とても間に合いません。

それから自分の中で一年単位で目標をたててみることにしました。  
今の仕事は一年以内で覚えてしまう事、そして翌年には2級建築士の資格を取って建築全般の勉強を始めること事。 
やれる事からやっていかないと私には時間がありません。  製図を覚えながら、その間 出来るだけ現場に連れて行って貰って、目で見て覚えるようにしました。 その時の現場監督には大変お世話になり色々教えようとしてくれました。
女性の営業の上司には、お客さんの所へよく連れて行って貰い、そこで打合せをし接客する事に慣れていったように思います。 

帰ってからの残業も、仕事を早く覚える為の近道でした。
その頃、入った時から残業ばかりしているので、時には上司達が内線で設計室に 「あと、どれ位で終わる? 30分位なら待ってやっるぞ」 と声をかけてくれる事もありました。  良い上司に恵まれていました。

3年程経って、やっと少し自分の居場所が出来たかな?・・・と思えるようになりました。
そのうち、今度は一級建築士の資格が取りたいと思うようになって来ました。 卵が先かニワトリが先か。
現場の場数をふみながら、今々出来る事からやっていかないと やっぱり私には時間がありません。

続きは明日に
  

2006/8/21 月曜日

職探しに万事窮す! 独り言(パート3)

テーマ: プライベート — 小谷 @ 16:55:32

前回より続く(8月20日からスタート)↓

さあ、いよいよ職探し!
早速 インテリアや建築屋さんの求人欄とにらめっこし、片っ端から電話を掛けてみました。
開口一番 「面接をお願いしたいのですが」というと その時まず聴かれるのは 「こういうお仕事をされた経験はおありですか?」  私 「いいえ」  先方「そうしたらそういう専門の学校に行かれておられましたか?」  私「いいえ」  先方「・・・そうしたら何か資格をお持ちですか?」  私「いいえ」  先方「・・・・・・んー!申し訳ありませんが、ちょっとうちではお受けできませんね」

こう言って断られる事多数!  若い新人なら企業も一から育てようという気にもなりますが、33歳で一から育てようなど
思ってくれる奇特な会社はあるはずも無く、最初から頭打ち! 
とりあえず人材派遣センターに履歴書を持って登録だけでもしてみようと思い行ってみました。
でもそこの方言わく 「うちは事務系やコンピュータ関係の求人が殆どで、インテリアや建築業の募集は殆どありませんが」 
あきらめて帰ろうとした時 「でもせっかく来られたんだから、殆ど期待は出来ないが履歴書だけでも置いていかれたらどうですか?」 と言って貰い、とりあえず期待せずに履歴書だけ置いて帰りました。

そうしたら数日後、インテリア事業部の部長がそこに「誰か女性でいないか?」 と訪ねてきたそうで私の履歴書を見せて貰ったそうです。  すぐにうちに電話が掛かって来ました。  渡りに船とはこの事でしょうか!
面接が決まりましたが、さあ!ここからが問題です。

面接でやはり同じ質問をされました。 この年ですから経験を持って面接に来ていると思ったに違いありません。
部長 「何か今までこういう仕事をしていたのか?」  私「いいえ」  
部長 「そうしたらこういう専門の学校にいっていたのか?  私「いいえ」
部長 「・・・・そうしたら何か資格を持っているのか?  私「いいえ」
部長 「んー・・・・・」 頭を抱え込んでいます。 万事窮す!  しばらく黙って悩んでいた部長がじっと私の目を見据えて
「本当にやる気があるのか?!」   以外な質問に私は思わず大きな声で 「はい!」 と元気よく答えました。
それを聴いて部長が 「一週間後から来い!」 と言ってくれました。

就職決定です!!   やる気だけで雇ってくれた部長に感謝!

続きは明日に 

 

セミナーを通して自分自身をストレッチ!   (独り言 パート2)

テーマ: プライベート — 小谷 @ 2:23:08

前回より続く(8月20日からスタート) ↓

そのセミナーは大阪の江坂で3回に分けて行われ、最初の一回目の3日間は200人位の受講者にこのセミナーの趣旨が説明され、その後それぞれ何人かでチームを組み、テーマにそってストレッチして行くものでした。
そのストレッチというのは例えば、チームの中の一人が、今自分が持っている目的を達成する為にどれだけ具体的に計画を企て、本気で成し遂げようとしているかをチームのほかのメンバーに発表する訳です。
他のメンバーはそれを聞いて、その人がどこまで本気でやろうとしているのか、それで実現出来るのかどうかジャッジします。
他のメンバーにその人の本気が伝わって来なければ、いつまで過っても納得しません。
しまいには泣きそうになり大声で叫ぶ人も多々ありました。 200人集まった会場で一種異様な光景です。

最初は面食らいましたが、普段なら絶対恥ずかしくてしないような事でも本気の気持ちが強い程、一度このセミナーを利用してチャレンジしてみようという気になります。  

1回目で合わないと思った人はそこで辞めて行きます。 どこで辞めても自由です。

2回目、3回目は3泊4日程のハードなスケジュールの泊り込みの体験セミナーでした。
朝起きてから眠る直前までの約17時間を全てセミナーのストレッチに費やされ結構過酷な体験でしたが2回目は非常に面白く興味深いもので、後の私の仕事に大いに約に立ちました。

3回目の最終コースです。 トレーナー(人を指導する立場の人)を養成して行くというコースです。
そこで出た課題が 「このセミナーに何人の人を連れて来られるか!」 というものでした。
「なーんだ、やっぱりそれかい!」・・・と私はガックリしてしまい、やる気が失せてしまいました。
セミナーに来た目的がどこかですり替えられてしまっています。
それでも集団心理というものは怖いもので皆がやるなら自分もやらないといけないと思うのでしょうか?「目標7人!」とか
「目標10人」とか皆言っているのです。
結局100人程の人達の中で 「目標、0人」は私ともう一人若い男の子だけでした。 
その課題をしない代わりに自分で他に違う 「自分にとっては難しいこの課題をする」 と自分で考えた課題を提案しました。
その時、皆が全員同じ目標を持つまで全員で説得するという課題を与えられていたので100人から散々説得されました。
一部若い女性が興奮して私に罵倒を浴びせかけて来ましたが、どうしても納得する事が出来ず受け入れられませんでした。
何か100人を適にまわした気分でしたがこれも自分の為のストレッチ、自分試しです。 

後で聞いた話ですが、本当はしたくない人も多かったそうです。 集団の中では人というのは弱いものですね!
私のように鼻つまみになるのが怖いのでしょうね。

さあ、こんなそんなでセミナーも終えた頃、私の不安も消えていました。 今から職探しです! やるぞーっ!

続きは明日に
 

 

 

 

 

 

2006/8/20 日曜日

私が33歳から、この仕事を始めた訳!   独り言( パート1)

テーマ: プライベート — 小谷 @ 3:29:14

手前みそですが私がこの仕事を始めた頃の事を何回かに分けて書いてみたいと思います。 単なる独り言です。

私が33歳から、この仕事を始めてみたいと言った時、周りの友人や家族は皆、反対しました。
何故なら経験も知識も資格も無く、今から一から勉強するのも大変で、そんな甘いものではないという事でした。
それにその時は結構いいお給料も貰っていたので転職する理由が見つからないともいう事で皆が心配して止めました。

私は昔から絵を描く事が好きで、中学、高校とも美術の先生の強い勧めで美術系の学校に進む事にしました。
その頃はそれで面白く卒業後も美術系の仕事をそれはそれで一生懸命していましたが、もう一歩進んで何か本当はもっとしたい事があるのでは?・・・とずっと思っていました。  それが職業として何なのかがその頃まだわからずに・・・

そしてその頃はまだはしり?だったインテリアコーディネートの仕事を知ったとき、「あっ、この方向!」と思い転職しようと決めました。  すでに33歳! 気が付くのが遅すぎっ!  (でもこの仕事を始めてから今年で17年になります)

私は一度離婚をしてから もう結婚せず一人で生きて行こうと思っていましたから転職で失敗は出来ません!
きっと収入は減るだろうし(実際、転職してからは半分になりました)今から物になるか分らないという不安もかなりありました。 この年で経験のない私を雇ってくれる所があるかも分らないし辞めたあとにやっぱり駄目でしたなどと絶対言いたくありません!  
今まで何かしようと思った時に人に相談する事は殆ど無かった私ですが、さすがに不安で友人達に相談してしまいました。  しかしその答えが皆「やめたほうがいい!」でした・・・

でも今思えば、相談する時には心は決まっていたのだと思います。  そしてその頃、信頼する知人からあるセミナーを勧められました「人生観かわりますよ」・・・と
何かうさんくさいセミナーが多い昨今ですが、その知人がとても私にとって信頼できる方だったので一度この不安を払拭する切っ掛けににしたいと思い受けてみる事にしました。 泊まり込みのセミナーです。

続きは明日に!

 

 

2006/8/19 土曜日

サザンの曲を歌って赤面!

テーマ: サザン — 小谷 @ 1:58:48

このホームページの我が事務所の名前 (BY SAZAN 建築デザイン事務所) の由来は単に、私がこよなくサザンオールスターズの歌を愛している事からつけました。

20数年前に 「勝ってにシンドバット」 が出た頃は 「まあ、何とうるさいチャラケた歌を歌っているグループだなあ!」 と
思っていました・・・が、その後バラードを歌うと又これが良い歌が多いのです!  それから私の若かりし頃の青春の曲となって行き、以来ずっと聴いてきました。 きっと皆さんも耳にしている名曲も多いはずです。
その中でも 「真夏の果実」 は私の中でもナンバー1のお勧めです。 もし知らない人がいたら一度でいいから聴かせたい!お勧めの一曲です。 

私はいつも車でサザンの曲を聴いて歌いながら走るのが常なのですが、一度よく知っている人に 「この間、車ですれ違ったとき 小谷さん、楽しそうに歌いながら走ってたねー!」 と言われて赤面してしまいました。   「楽しそうに・・・」という事は・・・・ニコニコしながら歌っていたのでしょうか?   恥ずかしいー! 

これからは腹話術で歌ってみたいと思います。

 

2006/8/13 日曜日

休みがない!

テーマ: プライベート — 小谷 @ 0:34:57

毎年の事なんですが、お盆や正月になると、四国から兄が子供を連れて帰ってくるので、いつもその世話に追われます。
今年は妹の所も家を建替えるので、その引越しに小さな子供が沢山いるとかたずけが出来ないので頼むから預かって・・・と、3人の子を託されました。  

母(高齢であまり動けない)  兄(我が家は代々、男は家事はしません)  子供(下は2歳から、小学4年生2人、6年生1人、高校生の計子供5人)  どこをどう見回しても世話をするのは私でしょう! 
子供は大好きで、みんな可愛くてしょうがない子ばかりなんですが、子供のいないわたしが、たった4日間ほどなんですが7人の世話をするというのは正味ぐったりしてしまいます。 ちらかり具合も半端ではありません。
毎年、盆や正月の世間で休みといわれている時期は、私にとって 「家に居るけど、出稼ぎ状態!」  休みがない!

大家族の主婦は、毎日これをしているんだから偉い! 実に偉い!

 

 

2006/8/11 金曜日

もうすぐお盆

テーマ: プライベート — 小谷 @ 2:23:46

もうすぐお盆! 

最近2ヶ月ほどお父さんのお墓参りに行けていません。 お墓参りは毎月行こうと決めていたのでとても気になっています。

生前とても厳しく、甘やかされた記憶がなく、それは兄妹4人おりますが皆同じでした。 兄2人と私と妹の4人兄妹。

兄2人には自分の商売を継がせる為にひときわ厳しかったと思います。 スパルタっていうんですか?  ですから兄達は父をライバルのように立ち向かっていっていたように思います。   私は心の内でいつも 「ああ、女に生まれて良かったあ・・!」 と思っていたものです。

そんな父も6年まえに亡くなる間際、わたしの母に 兄二人に「交代でわしの身の廻りの世話をさせろ」 と言い出したそうです。 母は 「お父さん、そんな無理を言わはらんと・・・」 とずいぶん困ったそうです。

母も私も妹もいるのに、父の会社を継いでそれぞれに会社の経営をしている忙しい身の二人の兄にどうもそずっとばにいてほしかったみたいです。  厳しい自分に付いて来てくれた息子がとても可愛かったんでしょう。  なんとなく父の気持ちが分る気がします。  

結局、兄も一緒に皆で交代で病院に泊り込んで最後を見送りました。 最後、息を引き取った時にそばにいたのはやはり長男でした。  

お盆が近いからなのか、ふっとあの頃の事を思い出して書いてしまいました。 

今、家族皆それぞれ、父が残して来てくれた大切なものに感謝して生きています。    

 

 

 

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